| |
| 2003年1月18日 人は自由・・・ |
2003年1月6日(月)
今年のお正月に友人から1本のテープをもらいました。そのテープには澄子さんの最初の(*注)CD「エンジェルクリアゼーション」が入っていました。それを聞いていて、7年前はじめてこの曲を聴いたときのことを思い出したのでした。
'96年、私はその時も、友人が送ってくれたカセットテープでこの「エンジェルクリアゼーション」を聞き始めました。その時、私はイタリアにいて、フィレンツエで3週間語学学校に通うのにホームステイしていました。その滞在先に友人は私の誕生日プレゼントにテープを送ってくれたのでした。添えてあった手紙に、この曲を聞いてとても心地良かったことや、澄子さんに会ったことなどが楽しそうに書かれていました。
借りていたベットの上に座り、ウォークマンで聞いているうちに涙が止まらなくなったのでした。
「ひとは自由…」「ひとは自由…」
と、そのテープの中から繰り返し聞こえてくる歌声に、全身が震えたのでした。
フィレンツエはその時、夕暮れでホームステイ先のマンマが夕食のしたくをしていて、おいしそうなにおいが、私の居る部屋にも漂っていました。
どうして?
私はその時、会社から3ヶ月もの休みをもらって、来たい国、いたい場所にいるのに。
こんなに今自由なのに。どうして泣けてくるの?どうして?
その瞬間、私にはあることがはっきりしたのでした。
こんなに自由なのに、自分が自由だと感じていないこと。そして、ひとの自由は自分の中にあるのだということ。不自由にしているのは、自分自身だったこと。
今一番私がほしいものが、自由だということがわかったのでした。
その時、私はイタリアに休暇に来る前から5年近く、デパートの婦人服の売り場にいました。
壁際のショップ(ワンコーナーの)は、ショップ店長と他3名のスタッフの小さな小さな世界で、そこでいつも他のひとからは「おたくの店長はいつも怒ってるわね。」「あなたが一番叱られているみたい。」と言われていました。デイスプレイのマネキンのコーデイネートから、普段仕事で着るそのショップの服、すべて店長に決定権があり、私の個性はどこにも出すことがゆるされない気がして、息がつまりそうでした。少し失敗するとすぐに叱られるし。その時の店長は、私にとってエゴの塊、鬼のように思えた。
そんなにいやだったら、その仕事を辞めることだって出来たのに、なぜかじっと耐えていてしまうのでした。今から思えば、よく5年もいたな。と、思いますし、「ひとは自由…」を聞いて、泣くほど、深刻な状況でもないのに、(どうしても、そこにいなければならない理由などなかったのに)
なぜか、私は鎖につながれたように、その職場に留まっていて、その中でもがき苦しんでいました。どうして私を縛るの?などと、思っていて不満だらけなのに、ひたすらその場所にいたのでした。
その後、イタリアから戻り、半年してその会社を辞めた。結婚退職という名目での退社でした。本当はその店長から逃れたかったのが大きな理由でしたが、イタリアから、外から中を見たら、店長の強烈な個性の前で見えなかった何かが深い霧がさっと晴れるように、自分がへんだったことにきずいたから。
何かの呪縛から解き放たれたようだった。
だが、私のその変な癖は、もう一人の私をコントロールしようとする人(私が、自分でそう思っていた人)から脱するまで、自分できずかないほど重症だったのでした。
「聖なる予言」という本に、コントロールドラマのことが書かれていましたが、まさにコントロールする人がいるということは、コントロールされたい人が存在するということで、コントロールされたい人がまさか自分だったという実感が薄かったようでした。それで、デパートでのショップ店長から逃れた後に、また本来私の人生のチャレンジの師である、父の再登場ということになるのでした。
実は、デパートに勤める前は父の仕事を手伝っていたのでしたが、父のコントロールが嫌で、家を飛び出したのでした。でも、人生のシナリオは、良く出来たもので、自分から本当にクリアーしようと決めてきた(生まれる前から)チャレンジからは、クリアーするまで、エスケープできないように運ぶようです。クリアーするまでは繰り返し、それを学ぶように環境が整えられていくというか。
前の会社に勤めていた時から、他のスタッフの人に父親のことを説明するのに「女の店長みたいな人」と私は答えていました。それくらい共通するところがあったのでした。これが私にとっての人生のチャレンジだと実感するには、父から頼まれて父の会社を手伝うことになてから何年も時間が掛かりました。私は、父の会社を手伝う、その1年前には結婚して、夫は私を自由にしてくれる最高の人だった。けれど、父と仕事をしている時は、以前のデパートにいたときに店長から嫌な気分にさせられるのと、とても似た状況が、またやってきたのでした。結婚して、父から逃れられたと思ったのにと、仕事を手伝うのをOKしたことも悔やみました。また、私はなんだかんだと理由をつけて、自分が自由でないのは、父のせいだと嘆き始めました。嫌なのに、辞められない。と。父が私を縛るのだと。
ひとの選択権は、自由で、自由にその人のものだということが、本当にわかっていないのでした。
ですが、あることがきっかけで、私は、自分で自分のしたいことをしない理由を他の人のせいにすることで、エスケープしていたのだと要約分り始めました。自分のすることに自信がないので、責任を取りたくないばかりに、自由にしてくれないのは他の人が悪いからだと、自分の問題から逃げる口実にしていたことがわかってから、本当に自分がしたいことは何だろうかと、真剣に取り組みはじめました。
それから、私は自分自身が自分の呪縛の一つから解き放たれた気がします。
あれから7年が過ぎ、同じ曲、同じ歌を聞いたとき、自分の人生の大きなチャレンジの一つについて思い返したのでした。
今、私は自由だと思っています。自由を手にしたと。また、その自由であり続ける為には、どうしていったらいいのだろうか、と自分の自由について、再び思いを巡らせた年の初めでありました。
*注 「エンジェルクリアゼーション」のCDは現在、完売しています。
☆篠塚澄子さんについてはこちらをクリックください
おおいしさとみ
|
|