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★ 篠塚澄子さんと行ったイタリア・ギリシャツアー 

 
   
 

〜6、観光の1日目はハードスケジュール〜2002年2月1日

そう、1日目は盛りだくさんのスケジュールでした。

貸切バスでナポリを出て、ベズ ビオ山、ポンペイ遺跡午後はソレント、ポジターノ、アマルフィーなどの町に寄る。アマルフィー海岸沿い を走り南イタリアらしい景色をも堪能していただく予定です。夜は地元の人くらいしか行かないおいしいピザ屋で夕食です。この旅のコーディネートをしたのは私なので、この旅を参加された方にとって一番ベストな状態に常に持っていくように勤めるお役目が私にはありました。しかし、私はその事がそのときあまり深く理解していなかったのです。何事も先頭に立ってやる などどいう事が今までなかった私は、何か新しいことをしている感覚で、それはとて も遣り甲斐があることに感じていました。しかし、そういう事に馴れていなかったので、 そんな時に大切に考えなくてはいけないポイントが判っていなかったのです。それを、教えてくれたのが この旅であり、澄子さんでした。そして、この旅の私にとっての課題、目的はその課題をクリアーする事でもあったようです。それが、1日目にして現われはじめたので した。 私の立場として、一番に考えなくてはいけない優先順位。それは、先程も書きましたが、「お客様が一番」 快適に楽しく過ごせるように心を配り、それに何か障害をきたすことには最善を勤めること。 お客様は皆さんたいへん素直に私の指示にしたがってくださいます。ただ、私がその ときにベストな判断を しなければなりません。私の判断がお客様にとって納得がいかないものでなければ、 私の存在は存在感 を失うことになる。したがって、お客様は私の云う事を聞いてくれなくなりその場が まとまらず、スムーズに旅が進行しなくなり、参加者全員にとっても、旅がつまらな くなってきてしまいます。お客様が旅がつまらないということになるのは、この企画 は失敗ということになります。 旅程の充実ばかりが、旅の充実ではないことを知らされる。 (これは、旅に限らず人生の中でよく起こることで大切な学びでもありますよね。私のウイークポイントの矯正をこの旅で学んでいたのでした。)  

翌日朝食の集合時間は7時半と、電話でインフォメーションしておいたのですが、 澄子さんと私が時間通りに下のレストランに降りていった時には、他の皆さんはすで に朝食を取り終わるところで、レストランのテーブル越しに「おはようございます」 とあいさつを交わし合った。その空気が少し張りつめていた。その日は、観光1日目の日にして一番ハードスケジュールの日でした。朝9時にホテルを出て、貸切バスでナポリ市内をぬけベズビオ山、ポンペイの遺跡、 ソレント、アマルフイー海岸へとドライブする予定と決まっていた。

その子さんとバスは9時少し遅れてやって来た。「道が混んでて…」 ナポリの渋滞は有名で、なかなかスケジュールどうりには行かないと聞いてはいた が、少しの遅れのためにさらに朝のラッシュの混雑に巻き込まれることになる。きょうは、特に見所満載のス ケジュールなのです。 ホテルの隣のバールでミネラルウォーターを人数分買って、バスは予定より少し遅れて出発した。朝日がキラキラと海面を輝かせているサンタルチア港沿いの道を私達を乗せたバスはゆるゆると前の車に繋がって走る。左手の小高い丘の上が気持ちよさそうだと思い 見上げると、それはサンマルティーノ修道院との事。その子さんのまくし立てるよう なナポリ語と同じリズムの日本語の説明が入る。左手はカステル・ヌオーボ城、卵城と も言われています。… 澄子さんは私の隣にすわっていらして「そのこさんの話し方聞いてると、胸がドキド キしてくるわ。」と小さくささやく。「あの人のしゃべり方の波動はどうにかならな いかしら?」って。私も気になっていた。その子さんだけが、参加の方から浮いてし まっている。その子さんもそのズレを感じていて居心地が悪そうで、やりにくそうな顔をしている。この参加者とその子さんとのズレをどうしていったらいいのか私には すべがわからなかった。が、そういう事もうまくまとめていかないとならないが、完全に私とその子さんの関係はその子さんに私が飲まれているという感じでした。強い その子さんと弱い私…。本当は反対でないとうまく行かない関係なのに。そんなこと に心を奪われながら、バスはそれには関係なく進む。参加の方がたはイタリアは初めての方がほとんどで、バスの窓から流れていくナポリの朝の景色がもの珍しく 楽しそうでした。

ようやくナポリの喧騒を逃れ、バスはベズビオ山を登ていく。途中エニシダの黄色 い花が咲き乱れ気持ちのいい自然の中をバスは登っていく。火口までは歩いて1時間 は掛かるため、途中の駐車場でバスを降りて、ナポリの街やサンタルチア港が見渡せ る絶景の場所まで行き、ベズビオ山は下から見上げるだけにした。 去年リサーチに寄ったときも、自然が沢山あって空気も良いし気持ちのいい場所だっ た。ここで時差ぼけで元気が今一つ出ないのが回復したのを感じた。多分あの大噴火 を起こして2千年前にポンペイの街を一瞬にして灰の街にしてしまってた山の持つ底 知れぬ秘められたパワーがみなぎっている場所なのだろう。 皆さん気持ち良さそうに眼下に広がるナポリ湾とナポリの街を眺めたり、写真撮影し たりしてしばらく過ごした。ここはナポリ市内の騒音がうそのように、別世界の空気だ。ベズビオ山はためてためて、一気に爆発するタイプの山なのだそうです。 対照的にエトナ山は小出しに小出しにだらだらだらだらと発散させるタイプの山なの だそうです。 「どっちもいやよね。」と澄子さんがマイクで言うと笑いが起こった。 あなたはこのどちらかではありませんか?私はエトナ山タイプかな?なんて…笑  さあ、ベズビオ山を目前で見上げ元気をもらった後はポンベイの遺跡見学。 山のくねくねとカーブが多い道をバスは降りていき、ポンペイに着く頃何人かの方が 車酔いで気持ちが悪く なってしまった。バスを降りて澄子さんが「あのバスの運転手の人のブレーキを踏む、踏み方がキューッと何度も踏みこむからみんな気分が悪くなるのよ。もう少しゆ るやかに踏んでくれるとあんなに揺れないから いいんだけど。大石さんその子さんにそのこと説明しておいてね。」と言うような内容でした。 私はすぐにその子さんに伝えると、でも坂道だし、ブレーキの踏み方までいちいち運 転手に云ったらかわいそうだわ。との返事。「でも、気分が悪い人が何人か出てるか らなんとか。」ともう一度頼んでみた。その子さんは気が乗らないようだったが、一 応通訳してくれた。本当にその子さんは惚れ惚れするような流暢なナポリ語で話す。 まるで中身までナポリに住む人になってしまったかのように、自己主張も強くハキハ キしている。そして、そうでないとここでは生きていけないかの様でした。

ボンペイ遺跡のゲートで遺跡専属のガイドさんが待っていた。彼女はイタリア人だが とても上手に日本語で ボンペイを案内してくれた。この遺跡では、グループで廻る場合は必ずこうした地元 のガイドさんをつけなくてはいけない決まりになっているそうでした。 私たちの旅は「感じる」ことをおもに大切にしているので、本当はあまり必要ない 「細かい説明」ですが 現地の決まりなので、ガイドさんに付いてポンペイの遺跡を廻ってみる。 ボンペイは1900年前にベズビオ山の大噴火により一瞬にして死の灰に閉ざされた 街だ。そんな説明から 始まり、まずはベズビオ山を背景にした広場フォロにでる。
すでに午前11時近くなっていて、太陽はぎらぎらと空の真上に差し掛かっていた。 さすがに南イタリアの太陽は日差しの強さが違う。しかし、遺跡にはあまり木陰にな るような場所はない。ほとんどの観光客は炎天下で1時間かけて遺跡のガイドを受け る。日本人は日焼けなどにすごく敏感でなるべく日陰にいたがるが ヨーロッパの人はあまり気にしていないようです。澄子さんは白いパラソル持参で遺 跡内を廻ったが、それでもガイドさんがひなたで説明しようとすると、そこはだめ! 澄子さんの指示でみんなさーっと日陰を探して移動。を繰り返す。 古代都市ボンペイの神殿跡や公共浴場、商店街、2000年前の馬車の通ったワダ チ、噴水、ワインを絞る木製の圧搾機などをガイドさんと見て廻った。 目をつむると当時の繁栄の影が、街の喧騒や人々の声やにおいが、ぼんやりと陽炎の ように時折迫ってくるような一瞬があるだけで、今は土色の古代都市跡が横たわって いるだけ。秘儀荘に行くまで少し中を歩いていくとブーゲンビリアが美しく勢いよく咲いていたりするのに出会うと、今生きてい るものと死んでしまった過去とのコントラストの鮮明さにはっとさせられる。そして 少しメランコリックになる。

秘儀荘の館まで行き、ポンペイの赤い色の壁画も鑑賞した。 遺跡を出たすぐのレストランで昼食。皆さんは初めてのイタリアでの食事です。トマ トのパスタなど食べて 昼食を済ませ、休憩してからまたバスに乗り、アマルフィー海岸をバスは走ります。ソ レントまでは30分 近く。坂道を登ったり降ったり、カーブを曲がるごとに見える目前の景色は青い海と 崖にそそり立つリゾートホテルや南イタリアの町。ここに来たことを十分に満足させ てくれる素晴らしい景色だ。 素晴らしい景色が見れる場所ではあるけれど、車酔いする方にはとてもシンドイよう でした。バスの運転手さんは相変わらず、注意された直後はスムーズなブレーキを踏 んで運転してくれても、いつもの癖でしばらくするとまたキュッキュッと始まる。バ スの運転を気にしながらも、ソレント市内に車が差し掛かると「わあ、きれいな街ね。」「わたし、イタリア好きだわ。」などどいう声があちこちから聞こえてくる。 そう、ソレントでは観光客は多いが、団体でバスでという感じではなく、リゾートの 観光客が家族やカップルでのんびりと過ごしている町です。アイボリーの壁に緑色の 鎧戸、あちこちのベランダにはピンクや赤のゼラニウムが咲いている。清潔な町並み なのに、どこか整然とし過ぎていない感じがイタリアらしいと思う。大きな街ではな いから昔ながらの町並みが続く、こじんまり感も安心できる。色んなお土産もの屋さ んがある。 それは、日本ではあまり見ることが出来ないようなかわいい小さな店。陶器も衣服も お菓子も、色んなかわいいボトルに入ったこの地方特産のリモンチェロ(レモンのお 酒)のお店も、この美しく穏やかなソレントの街の風景の一部。バールやレストラン の店先に出したテーブルに掛かったカラフルなテーブルクロスと日よけのパラソルに 陽気な日差しが降り注いでいる街の中心の広場でバスを降りたが、時間があまりな い。ポンペイで時間オーバーしてしまったからだ。ほんの20分だろうか、みんな 走って街のおみやげ物店さんや町を見て廻った。おいしいアイスクリーム屋があるの だが、今回はその時間はなかった。 ほんの少しソレントの風に吹かれた後はポジターノという街に寄った。ここも華やか なリゾートで断がいに白い家々が重なるように建っている絵葉書のように美しい街。

バスを降りた道路から階段のように白い路地が下に続き、下っていくと段々に店があ る。ポジターノは綿や麻で出来た独特の雰囲気のする洋服で有名なところ。リゾート に遊びに来た人々はここアマルフィー海岸の風景にぴったりの涼しげな白い麻のゆっ たりしたワンピースに着替えて、リゾート気分を盛り上げるのだ。普通朝ゆっくりと 起きて海岸に肌を焼きに行き、何も動かず本などを読んでゆっくりと流れていく時を 楽しみ、午後はシエスタ(昼寝)をとり、午後4時ぐらいに店が再び開く頃、明日着 る服を選びに街の店をひやかしたりするんだろう。そんな午後に似合うようなポジ ターノのリゾート着なのだ。(この頃イタリアは日没が午後9時ごろ。商店は午後1 時くらいから 4時ぐらいまで閉まる。夕方になるとまた開き、午後8時ごろまで買い物ができる) だが、私たちの旅は少し他の人たちとは違う。 それは、フォーカスをカプリ島に合わせてあったのでこの日のアマルフィー海岸沿い の街はちょっと見てみて楽しむように時間を組んでいたから、一つの街で時間を30 分くらいずつしか取ってはいない。  

少し澄子さんのお買い物のし方について触れておきましょう。 そんな時間がない時でも、階段を登り降りを慌しくしながら、澄子さんはスピー ディーにほとんど迷わず確実にご自分に似合うもの、必要なものを見つけられる。早 くて、笑顔、笑顔。お店の人にとってなんと楽ないいお客様であったか…買い物とい う日常のことですらなんかスピリチャルというか、何処かあっぱれという雰囲気が漂 うのだ。短い間であっても、イタリア語が通じなくても、お店の人がすごく楽しそう に澄子さんに惹かれていくのが判る。お店の中に他のイタリア人の常連客が沢山いよ うが澄子さんは、そのお店の中のスターになってしまうのです。目の廻るように忙し い買い物をしていても、何だか一緒にいて笑ってしまい、楽しくなってしまい、しか も何処かマナビがあるのでした。

(その後、アマルフィーの街に寄り、ナポリ市内に戻る。そしてピザの夕食をして… あるパプニングは次回)

                     
次回掲載は2月中旬の予定です !

   
 
   
 
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