spiritual&healing works RAINBOW

ミネハハコンサート
千人歌

ミネハハさん東北地方慰問コンサートのご報告 8/7new

 
 
 
6/22会計報告

7月慰問時写真
 ミネハハ事務所マネージャー岩城さんから、7月に行われた慰問コンサートのご報告をいただきましたので、以下に添付させていただきます。

第三回MINEHAHA東北慰問コンサート 報告書
以下の通り、東北の被災地慰問・コンサートを実施いたしました。

<主催> 一般財団法人 ありがとう地球財団
<期間> 2011年7月14日〜20日(7日間)
<会場> 全16会場
@ 赤前小学校(宮古市)45名の子供達と歌の交流
A 津軽石小学校(宮古市)220名の子供達と歌の交流
B シ―アリーナ(宮古市総合体育館)20名・被災者
C 災害FM放送(宮古市)生出演
D りあす亭(宮古市)50名・身障者支援団体・市民
E 高田第一中学校(陸前高田市)50名・被災者
F サンリア・ショッピングセンター(大船渡市)200名・市民
G いやしの村(大船渡市)40名・福祉団体・市民
H 北上中学校(石巻市北上町十三浜)300名・被災者
I 相川子供センター(石巻市北上町十三浜)50名・被災者
J 十三ヶ浜漁協組合長・訪問(石巻市北上町十三浜)被災者
K ホテル観洋(南三陸町)50名・被災者・ボランティア
L 日頃市小学校(大船渡市)67名の子供達と歌の交流
M 老健施設「気仙苑」(大船渡市)80名・施設入居者、職員
N かもめの玉子(大船渡市)100名・被災者、従業員
O 紫山サテライト(仙台市)20名・市民

<参加者>5名
@ MINEHAHA(ミネハハ)
A 岩城 安宏 ミネハハ・プロデューサー
B 小関 佳宏 ギターリスト
C 加藤 憲一 ありがとう地球財団理事長
D 安達 貞男 日田市夜明振興センター長(特別参加)

<世話人>(敬称略)
@ 三上 憲夫(宮古市)
A 伊東 謙介・平 庄二・吉田 雅博・小山真令・牛尾房恵(陸前高田・大船渡市)
B 大石明美・斎藤 俊明・三浦 勝朗(大船渡市)
C 仲村 由美子・阿部 憲子・蔵野 由美子(石巻市・南三陸町・仙台市)

<詳細報告>

@ 赤前小学校(宮古市)45名の子供達と歌の交流

宮古市街地から車で20分ほどの赤前地区、その高台にある小学校。
及川総一郎校長のお話によると、大津波の直後から避難所となり、集落の方々が力を合わせ、残された家屋の全ての食糧を持ち寄り、三日間徹夜で400名分の炊き出しを行い公平に分配した。その後、自衛隊の救援を受ける。「私達は、しっかり立ち直ってきました。そして今日、MNEHAHAさんの歌で歩きだす勇気を頂きました!子供達と一緒に、必ず!東北から新しい時代の模範を創っていきます!」と力強い宣言。そして45名の子供達の明るい笑顔と一緒に食べた給食の味を、MINEHAHAは「生涯で、初めて食べる給食!忘れ難いものとなった、、。」と感慨深く語った。
ありがとう地球財団の加藤理事長からCD「いのちの花」45枚贈呈。

A 津軽石小学校(宮古市)220名の子供達と歌の交流
  鳥羽 真喜子 校長

宮古市街地から車で10分ほどの津軽石地区にある小学校。内陸にあるため津波の被害は無いと考えられていたが、河川から氾濫、校庭まで波が押し寄せてきた。地区が水没した為に、全校生徒(220名)はそのまま学校内に避難。停電と断水の中、乾パン5個の差し入れを全校生徒で分配した。
「これだけの災害で、子供達は心の傷を負っています。そんな中、MINEHAHAさんの歌は、大きな心のケアになります。職員にとっても大変、有難い!」と偶然にも、かつてMINEHAHAコンサートを企画した方の息子さんが同小教職員としてMINEHAHAと再会、感慨を語った。ありがとう地球財団の加藤理事長からCD「いのちの花」225枚贈呈。


B シ―アリーナ(宮古市総合体育館)20名・被災者

宮古市で一番大きな避難所。現在は、仮設住宅への入居が進み体育館内での避難生活は終了していたが、周辺施設の被災者の方々が集まり交流した。
印象的だったのは、隅々まで清掃がいき届いていること。ピカピカの床に積み上げられた支援物資がかえって大震災と津波の被害の大きさを物語っているように感じられた。コンサート終了後、MINEHAHAとの懇談する中で、現在の心境を語りながら思わず涙する人の「これほどの歌は聴いたことがありません、、みんなに聴かせたかった!また来て下さい!」真剣な訴えが心に響いた。体育館を後にする際、我々の車が見えなくなるまで、体育館入り口で見送るご婦人達のお姿には深い感動を覚えた。


C 災害FM放送(宮古市)生出演

コミュ二ティ―FMとして開局の準備をしている最中に震災が起きる。直ちに放送認可を受け、災害の情報FM局として宮古市民のなくてはならない存在となる。お昼どき、市民の方々が一番耳を傾ける時間帯にMINEHAHAが生出演した。今回の震災に対するお見舞いと慰問コンサートに対する反響、また、復興に努力する皆さんと町の姿に尊敬を覚えるとコメント。DJの方とのトークを通じて、市民の皆様への熱い応援メッセージをお届けした。その後「ありがとう地球」他2曲が宮古市内に放送され、同行した世話人の三上憲夫氏は「大震災・大津波の後に、この歌が宮古市に響くことは、とても意義を感じます。これまで東北人は、あまり積極的に思いを口にしなかったが、これからは世界に向けて平和の尊さを発信したい!」と力強く心境を語られた。


D りあす亭(宮古市)50名・身障者支援団体・市民

宮古市の中心地にある末広町商店街にある「りあす亭」で、身障者を支援するレインボウ・ネットやNPOと商店街振興組合のご協力の下で慰問コンサートを実施した。この商店街は津波の大きな被害を乗り越え、次々とお店が復活し、町の人々に大きな希望を与えている地区。「どの店も、甚大な被害があったが、支えあって復活!これからも宮古復興のシンボルの役割を果たしたい!」と佐香振興組合理事長は口ヒゲをなでながら力強く語った。コンサートは、災害FMを聴いた方やMINEHAHAと親交のある大勢の身障者の方々も訪れ再会を喜びあった。また「歌で勇気を頂きました!」と偶然通りがかりに参加したご婦人も満面の笑顔で感想を述べた。最後に、ありがとう地球財団の加藤理事長からご協力頂いた三団体に記念のCD「いのちの花」を贈呈して、感謝と復興へのエールを送った。

E 高田第一中学校(陸前高田市)50名・被災者

陸前高田市の惨状には声を失った。街そのものが消えている!と言っならない存在となる。お昼どき、市民の方々が一番耳を傾ける時間帯にMINEHAHAが生出演した。今回の震災に対するお見舞いと慰問コンサートに対する反響、また、復興に努力する皆さんと町の姿に尊敬を覚えるとコメント。DJの方とのトークを通じて、市民の皆様への熱い応援メッセージをお届けした。その後「ありがとう地球」他2曲が宮古市内に放送され、同行した世話人の三上憲夫氏は「大震災・大津波の後に、この歌が宮古市に響くことは、とても意義を感じます。これまで東北人は、あまり積極的に思いを口にしなかったが、これからは世界に向けて平和の尊さを発信したい!」と力強く心境を語られた。


D りあす亭(宮古市)50名・身障者支援団体・市民

宮古市の中心地にある末広町商店街にある「りあす亭」で、身障者を支援するレインボウ・ネットやNPOと商店街振興組合のご協力の下で慰問コンサートを実施した。この商店街は津波の大きな被害を乗り越え、次々とお店が復活し、町の人々に大きな希望を与えている地区。「どの店も、甚大な被害があったが、支えあって復活!これからも宮古復興のシンボルの役割を果たしたい!」と佐香振興組合理事長は口ヒゲをなでながら力強く語った。コンサートは、災害FMを聴いた方やMINEHAHAと親交のある大勢の身障者の方々も訪れ再会を喜びあった。また「歌で勇気を頂きました!」と偶然通りがかりに参加したご婦人も満面の笑顔で感想を述べた。最後に、ありがとう地球財団の加藤理事長からご協力頂いた三団体に記念のCD「いのちの花」を贈呈して、感謝と復興へのエールを送った。

E 高田第一中学校(陸前高田市)50名・被災者
陸前高田市の惨状には声を失った。街そのものが消えている!と言っても過言ではない。4ヶ月たった現在、跡かたずけが進んでいるが、その中で一番印象的なのは、7万本あった海岸線の松がたった一本だけ残っている姿―かつての風光明媚な陸前高田の墓標であり、また復活へのシンボルとなっている。さらに廃墟の街の一角に整然と並べられた無数の車の残骸は、大自然の力の凄さを物語りながらも、それでも負けない東北人のひたむきさと強さを改めて実感させてくれる。陸前高田を見て今回の大災害の本当の恐ろしさを知る思いがした。それは、この街に住む方々の心の空虚感が街そのものの姿であり、一時の勢いだけではなく長期に渡り人知を超えた努力の必要性を痛感させられた。果たして、高田第一中学校の避難生活をする皆様には、歌が届かなかった!と言わざるを得ない。それほどに、
陸前高田市の現状には厳しいものがあった。ただ救いだったのは、今回の世話人・伊東謙介氏のご親族の方々が、各会場に同行され心からの応援するお姿にかえって、こちらが励まされた。


F サンリア・ショッピングセンター(大船渡市)200名・市民

活気溢れるサンリア・ショッピングセンターには、災害の影は微塵も感じられなかった。コンサートが始まる前から会場には、大勢の市民が駆けつけ熱気が溢れていた。「津波でMINEHAHAさんのCDも全部流された、、」「大船渡に駆け付けてくれて嬉しい!」などの声が寄せられ「CDを持ってきていませんか!」と販売を望む声にCDを並べたところ大勢の方が買い求められた。コンサートが始まると買物に訪れた方が足を止め歌に聴き入った。陸前高田市から見えた自然農法家は「普段は、街に出ない母親にどうしてもMINEHAHAさんの歌を聴かせたかった!親孝行出来た!」と感慨深く語る。お世話頂いたサンリアの吉田部長も「これほどの大勢の方が耳を傾ける光景は、初めて見た!」と感想を寄せられ再訪を望まれた。被災地の皆様の心の渇きに歌が沁みていく様子がはっきり感じとれた

G いやしの村(大船渡市)40名・福祉団体・市民

会場に到着すると、待ち受けていた市民の方々から盛んな拍手が起こった。
以前のコンサートでMINEHAHAの歌を知る方もたくさん見え、満席の状況。すぐにコンサートとなった。静かに聞き入る人、涙する人、うつむいたまま動かない人、さまざまなお姿には、それぞれの心の内を見る思いがした。コンサート終了後には、MINEHAHAとの旧交を温める方や、歌に対する感動を伝える方、自らの近況を語る方、など会場は、終始アットホームな雰囲気に包まれた。いやしの村を主宰する、平 庄二・和雅ご夫妻から、MINEHAHAに対して感謝の言葉と慰問活動に対する支援金が贈られた。最後に参加者全員で記念のカメラに収まり再会を約束した。


H 北上中学校(石巻市北上町十三浜)300名・被災者

千葉県我孫子市在住の歯科医師仲村さんご夫妻が、個人的に支援を続けている集落―石巻市北上町十三浜。わかめや昆布漁で生計を立てていたこの地域は、壊滅的な打撃を受けたにも関わらず支援の手が遅れていた。これを見かねた仲村さんはご家族上げてこの地域の支援に取り組み、親交のあるMINEHAHAに対して慰問コンサートを依頼。今回、それを受けての北上中学校でのコンサートでは、仲村さんご夫妻が持ち込んだ4トントラック満載の生活支援物資も体育館一杯に並べられ、300名近くの被災者の皆さんが集まり、歌と支援物資の真心を受けられた。「仮設住宅が無くなるまで支援を続けます!」との仲村さんのご挨拶に拍手が沸き起こった。その後、行われたコンサートでは、初めて聴くMINEHAHAの歌に感動と感謝の沢山の声が寄せられた。また、津波で奥さまとお孫さん、そしてご自宅を奪われながらも毅然と立ちあがった佐藤清吾十三浜漁協組合長は、「毎週ここに駆け付け、物心両面でのご支援を下さる仲村さんご一家のお姿には、頭が下がると同時に立ちあがる勇気と力を頂きました!」
そして「MINEHAHAさんの歌には、涙が止まりません、、」と続けた。


I 相川子供センター(石巻市北上町十三浜)50名・被災者

この施設は、相川地区の子供センターとして開所準備をしていたが、その矢先に大震災が起こりそのまま避難所となる。佐藤組合長の提案で急遽のコンサート開催となったが、居合わせた方々は「今日で、この避難所での生活が終わる。良い出発の門出になった!」と口を揃えた。
以下の文は、今回の世話人―仲村由美子さんから寄せられた感謝のメール。
東京にお着きになられましたか?18日はありがとうございました。たくさんの方からミネハハさんへの感動と感謝とお礼のお言葉をお預かりしています。氷ついた心がミネハハさんの歌でとけはじめてきましたと言われ、組合長の佐藤清吾さんからはお手紙で、何もなくなった十三浜でミネハハさんの素晴らしい高尚な歌声に接する機会に恵まれ事は宝であり感動したことを書かれていました。涙は生きている印です。ミネハハさんの歌で多くの方々の流した涙〓は生きている証でした。自衛隊も来ていない地域で、今自力で復興に取りかかっています。私はご縁頂きこれから通います。ミネハハさん岩城さん小関さんに心から感謝致します。これからもどうぞよろしくお願いいたします。(仲村 由美子)


J 十三ヶ浜漁協組合長・訪問(石巻市北上町十三浜)被災者

小滝・大指・小指・相川・小泊・大室・小室・白浜・長塩谷・立神・月浜
吉浜・追波、この13の小さな集落を合わせて十三浜と呼ぶ。この地域の歴史は古く、営々と漁業で生計を立ててきた。そして、「3.11で全てを失った!」海からの恵みで生きてきた人々が、その海に全てを呑み込まれた。この挫折感と復興への思いを私達は測り知ることはできないが、その一端でもお聞かせ頂ければと、避難先に佐藤清吾十三浜漁協組合長(69才)をお訪ねした。永年、海で鍛え上げられた精悍なお顔と体躯はとても70近い方のそれではない。「十三と書いて本当は、トサと呼ぶんです。元々はアイヌの言葉からきているのでしょう。東北のあちこちにトサがあります、、」土地の歴史に話が及ぶと、滔々と歴史を語り、政治を語り、文化を語り、そして「盆栽バカボン!」と言われていました。と呵々大笑する。
奥様とお孫さんとご自宅と自慢の盆栽とそして、仕事の道具と、、一切を奪われた悲哀などは微塵も感じさせない。かつての村長(むらおさ)や翁(おきな)とは、こういう人物だったに違いないと感じた。復興の成否は、全て人から、その心から生れてくる―東北に人あり、逆境に偉丈夫あり!

尚、今回の十三浜の慰問コンサートの模様は、TBC東北放送で、その日の夜8時からの番組の中で紹介された。取材には、藤沢アナウンサーと鈴木制作部長が同行した。


K ホテル観洋(南三陸町)50名・被災者・ボランティア

ホテル観洋の女将・阿部憲子さんは語る。
「町が津波で呑み込まれていく様子がハッキリと見えました、、。」
「着の身着のままで逃げてきた皆さんを見て初めて事の重大さを思い知り、その日から600名を受け入れました、、。」現在でも500名の被災者がこのホテルに身を寄せている。コンサートの準備を終え、トイレに入いろうとした時、泣き声が聴こえてきた。良く聞き取れなかったがなにか文句を言っている、そして泣きじゃくる。初めは、隣りの部屋から聴こえてくると思ったその時、小学4年生ぐらいの男の子がトイレを飛び出し出ていった。その表情は、何事もなかったかのようだったが、走り去る後姿に震災の残した心の傷の深さを思い知った。
ロビーで行われたコンサートは,次第に人が集まり始め歌い終わったMINEHAHAの下に沢山の人が駆け寄り、ボランティアの方々からも感謝と感動の声が寄せられた。翌朝、山瀬(やませ)と呼ばれる海からの霧で絶景の海も被災した町の様子も消えていた。窓の外からは、カモメの泣き声と潮騒だけが響いてきた―犠牲者の方々への哀悼の意を一層深くした。


L 日頃市小学校(大船渡市)67名の子供達と歌の交流

「内陸にあるため幸い津波の被災は免れました。」伊藤 栄校長は静かな口調で語る。しかし、学校の体育館や敷地には救援物資が積まれ騒然とした状況は 6月一杯続いたという。親戚や知人の突然の悲報は、この集落にも暗い影を落としている。「なにか空白地帯のようなこの地区に来て頂き嬉しく思います。」67名の子供たちばかりでなく先生達もは楽しみにしていた。そして、MINEHAHAと一緒に歌った「自分のこころを大空に向かって放つように歌うのよ!」との励ましで、子供たちも先生も、大きく口を開け、元気一杯に歌った、大空へ心を放った!歌い終え、表情も明るくなった子供たちが体育館を後にする。その時、一人の少年がMINEHAHAに駆け寄り言った。「あのね!トトロはね、、、、なんだよ!」一生懸命に何かを伝えようと話しかける。坊主頭の少年は、自分だけが知るトトロの秘密を、MINEHAHAにそっと教えにきてくれた。勇気を出して、こころを伝えようとする少年の表情と態度に、こころを感じた!私達は涙した。


M 老健施設「気仙苑」(大船渡市)80名・施設入居者、職員

会場に着くと、職員の方々が入口に整列して迎え入れてくれた。
荷物を運んで下さる若い職員の方や、会場へ案内する責任者の方の真剣さに胸を打たれた。会場はすでに入居者の方々や職員で溢れていた。
「浜辺の歌」や「蘇州夜曲」は、一緒に口を動かすたくさんの方がいる。
オリジナルの「ありがとう」「母の歌」では、共感して涙する人がいる。
「MINEHAHA先生は、歌の先生だけに一番よかった!」と歌い終わった
MINEHAHAに大きな声が掛けられ会場は笑い声に包まれた。
今野 千賀子 看護部長は「3.11以来、なにか落ち着かない。なにか物足りない、、。そんな状況でしたが、涙を流しお陰さまで何かすっきりしました。」
入居者ばかりでなく職員の皆様にとっても有意義なものであったとの感想は、われわれにとってなにより嬉しい言葉だった。


N かもめの玉子(大船渡市)100名・被災者、従業員

東北のどの駅でもどの街でも、この看板を見かけた―「かもめの玉子」。
東北、否、日本を代表するお土産の逸品だ。大船渡で創業し、ここに基盤をおくこの企業の第一工場も今回被災して操業できなくなった。「この地で創業して、この地の方々のお力を頂いて今日があります。」齋藤俊明社長は、そう切り出すと創業から今日までを振り返り淡々とお話してくれた。
「工場の配送センターで申し訳ないですが、みなに歌を聴かせて下さい。」
社長、専務、以下従業員の方々が作業着のまま集まってきた。なぜ歌?初めはいぶかしがる表情の方もいたが、MINEHAHAの歌が始まると表情が一変した。何故だか溢れてくる涙に戸惑い、うつむく男性従業員の方、両手で顔の涙を拭きとる若い女性従業員の方、正面からMINEHAHAを見据えたままた身動ぎもしない年配の女性従業員の方、初めて聴くMINEHAHAのバイブレーションにさまざまな反応が見られた。「アンコール!アンコール!」一番前の席で静かに歌を聴いていた齋藤社長が、突然、拍手をしながら、大声で叫んだ!賛同の拍手に迎えられたMINEHAHAが、再び歌う。紅潮し、にこやかな表情で心から歌を楽しむ穏やかな時間が流れた。「今度は、地元のホールにお迎えして市民に聴かせたい!」齋藤社長や川島専務が口を揃えた。忘れ難い慰問となった。


O 紫山サテライト(仙台市)20名・市民

「折角、MINEHAHAさんが仙台に見えるので支援の集いを開きたい。」
生憎、台風の影響で新潟や近隣からお見えになる予定の方々のキャンセルがあり人数は少なくなってしまったが、地域でさまざまな活動をする女性たちが集まってきた。「お名前は知っていましたが、凄い歌でした。心に沁みました。」「MINEHAHAさんの歌こそ、今、東北に一番必要なものです!」さまざまな意見が寄せられ、今後は連携してMIMEHAHAを支援しることを確認しあった。仙台を中心にした東北支援の活動が動き始めた。

<第3回東北慰問コンサートを終えて>
  
震災・大津波から4ヶ月。三回目となる今回の慰問コンサートでは、東北各地の様々な表情と問題点が浮き彫りにされ、その問題と向き合う形の慰問となった。それは、復興の進捗状況が地域によって大きく異なることが挙げられる。
比較的、大きな市や町は、自衛隊の手が入ったり、ボランティアの方々との連携も取れ易かったりしてかなり後片付けも進み、町並の復興が見られるようになってきている。しかし一方、人口の少ない最沿岸部の集落などは、未だに瓦礫がそのまま残された状況。しかも三陸沿岸を南下すれば、いたるところに手付かずの集落がある。災害の大きさを考えれば、致し方の無いことは良く分かるが、、。小さな集落の被災者の今を思うと心が重くなる。今回そんな集落のひとつ、「十三浜」を訪れた。これは、たまたまMINEHAHAの支援者でもある仲村歯科医院の院長御夫妻が、十三浜の状況を見かねて個人的に支援をする中で、慰問の依頼があったため、こうした状況も良く知ることが出来た。東北の復興は、一朝一夕で終わるものではない。しかし、マスコミが、取り上げなくなった時に、ややもすると支援の輪も自然に消滅の方向に向かうことが懸念される。そのためにも、東北の方々が、受け身ではなく、能動的にこの災害をバネにして、何らかの発信を続ける重要性を痛感した。そこに多くの共鳴の輪が生まれ、各地域の状況にあわせた様々な支援のコラボレーションが生まれていくことも実感した。宮古市で同行した世話人の三上憲夫氏は「大震災・大津波の後に、この歌が宮古市に響くことは、とても意義を感じます。これまで東北人は、あまり積極的に思いを口にしなかったが、これからは世界に向けて平和の尊さを発信したい!」この言葉に、東北の新しい光を見る思いがした。

2011年7月25日                   文責:岩城 安宏



 




ミネハハサイト
    6月22日(水) 18:30〜20:00
      江崎ホール            開場:17:45
      (静岡市葵区七間町8-20 毎日江崎ビル9階 青葉通り沿い)

      全席自由  
前売り 3,000円  当日 3,500円   定員:120名

  今回のコンサートの収益は、今後被災地で開催予定のミネハハさんによる
     慰問コンサートの費用の一部として使われます。

  *慰問コンサートは7月以降、予定では岩手沿岸部 大船渡 石巻、福島

     その他を予定しています。 (開催後、ご報告を必ずさせていただきます)

   曲目

   誰より愛しい人 千の風になって Amazing Grace 赤とんぼ 浜辺の歌 他
 
    前売りチケット販売のお店 new6/8
プラムフィールドさん  (open月〜金 16:30まで)葵区安東 長谷通り近く

パン工房ひとみさん  (open 火・木・土 111:30〜15:00)北街道 ガスト前

クラリオンヒーリングさん 西中原2丁目 要事前連絡

★Rainbow produce  清水区馬走  ジャスコ清水店近く

〜お知らせ〜6/8new

協賛いただいく企業様増えました
(有)ビートクラブさま
 
                      あなたは私 私はあなた  
   主催者から
 愛する人や大切な住まいやもの、仕事、をなくされ途方にくれていられる被災地の方
、その苦悩はいかばかりか、私の想像を超えていると思いすが、
何かお役に立てることはないかしら?と思っていたところ、
 ”一瞬でも何か素敵な時を届けたい・・・” 生きていて良かったなと思ってもらえたら、
 今後の生きる活力になり、少しでもお役に立てるのでは・・・

 そんなイメージが広がり、企画させていただきました。
 
 ミネハハさんは既に、
4月5月にも青森、北海道、宮城に慰問コンサートに行かれてい ます。

 今回の静岡で開催されるコンサートの収益が、次回予定の慰問コンサートに使われます。
 ミネハハさんの優しく懐の深い、また圧倒的な歌唱力は、
必ず、被災された皆様の心を癒し
 喜んでいただけると確信しております。
 
 
   チケット購入方法
@まず、メールにてお申込みください。

Aその後、1週間以内に下記郵便局口座にお振込みいただきます。
  00880-0-69171  名前:オオイシ サトミ *お振込み手数料はお客様のご負担となります

→当日、振込み控がチケットの代わりになります。当日まで、大切に保管ください。
 
   
MINEHAHA(ミネハハ)プロフィール
ネイティヴアメリカンの言葉でMINEは水、HAHAは微笑みの意味。
CMソングの女王として3000曲以上のCM、24000曲のバッキングコーラス、1994年デビュー以来、
年間90本近くのコンサート。
全国各地でいのちのつながりの大切さを、歌にたくして伝えてきました。代表曲「ありがとう」
「Amazing Grace」「ひとつ」「誰より 愛しい人」など。圧倒的な歌唱力が心を揺さぶります。
すでに、4月5月に東北被災地慰問コンサート、5月には宮城・岩手で避難所を中心に 9会場、約916名の方々に歌を届ける。    公式サイト 
http://www.minehaha.com/
 
協賛
みどり寿司城北店 創企画舎 Hawaiian Healingククイ (株)イオスコーポレーション

渡村会計事務所 Angel works Cosmic
 ジュエリーumi工房

クラリオンヒーリング 天使の花仕事 OHカードJapan

フェイシャル&リフレクソロジーサロンPanari

有限会社ビートクラブ


*引き続き 協賛いただける個人様、企業様を募集させていただいております。
 メールをいただいた後、随時ホームページにリンクさせていただきます。
 ★協賛特典については、お問合せください。

(特典例・・当日のチラシ配布 100名予定 )
 
主催 心の花咲くやプロジェクト  企画 RainbowProduce